2012年02月06日

昭和初期のカット+図案文字の本『その儘使へる繪と實用圖案文字』の謎

先日オンライン店舗ブログに品出しした『その儘使へる繪と實用圖案文字』という本、
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具に眺めていると幾つか気がつくことがあります。

先ずは掲載内容の一部に地域性が感じられること。

浴衣は18世期末頃から江戸で湯屋の普及に伴って流行したそうですが、明治に入るとその柄が一挙に増え、再度の流行を見たそうです。
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それが地方にも広まって行ったのでしょうが、東京で「東京ゆかた」と銘打っては売らないでしょうから、これは別の地域での宣伝だろうという想像が出来ます。

こちらははっきり「関西大歌舞伎」とありますので、より明確ですね。昭和33年まで千日前にあった大阪歌舞伎座が出来たのは昭和7年だそうですから、この本の出た5年には未だなかったことになりますが、この「改築」というのは中座などの所謂道頓堀五座で行われたものだったのでしょうか。
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「少女歌劇」は勿論、大正3年の公演開始当初からその呼び名を使っている宝塚少女歌劇団のそれを指すのでしょう。現在も続くレヴューやミュージカルは、早くも昭和2年から上演が始まっているそうです。

さて、関西由来のものであることを示していると思われるものをもう一つ。
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「せいもん」というのは「誓文払い」の略で、昭和54年刊の『大阪ことば事典』(牧村史陽編 講談社)にも出ていますが元々京阪の商いの風習のようです。東京ではまず耳にしない言葉です。

著者の十時氏の出自経歴などについては今のところ全く判らないのですが、この辺りから察するに大阪近辺で活躍されていた図案家なのだろうという推測が出来るかなぁ、と思っています。版元も大阪ですしね。
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この「近代文藝社」という出版社は、大阪・南船場で少なくとも1910〜20年代に文藝書や子供向け絵本などを出していた会社のようですが、戦後の刊行物はどうも見当たらないようです。現在東京にある同名の出版社は昭和も終わりの頃の創業ですので、全く関係ないでしょう。発行者の松浦一郎については今のところ何も知る手がかりがありません。

ところで、ここでちょっと奇妙なことに気付きます。
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本の扉や奥付では「十時柳紅」となっている著者名が、表紙や外箱では「十時柳江」であるということです。それから細かいことですが、表紙には出版社の「近代文藝社」という名が入っているのに、外箱にはどこにも表示されていないのです。

それと、背には題名のうちの「その儘使へる」がなくて『繪と實用圖案文字』だけになっているのもちょっと気になります。
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表紙と扉、そして外箱の標題の書体が似てはいるものの、よく視ると違うのも面白いところです。

実は黒い表紙のものも持っているのですが、こちらの方が殊に背の文字ははっきり見えますね。
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この二種類の表紙、版を替えた時に変更したのかと思いきや、
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実は奥付が全く同じなのです。これまた不思議ですねぇ…増刷の時に色は変えたものの奥付に増刷のことを明記しなかったのか、はたまたハナっから二色拵えたのか…。本文も刷り色含めまるっきりおんなじです。

因みに、この本の第2版以降というものはデータでも一度も見たことがありません。これに先立つ三年前の昭和2年に「浩文社」という版元から同名の本が出ているのですが…
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これについてはまたいずれ。
posted by くろねこ at 19:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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